夜に書く

@chikachi1053 雑記とお返事

天使の羽をもがれたから

 やっぱり『真西へ』のことがすごく書きたいなあって思ったので、前のブログでも少し触れたけど、もう一回書きます。
 無垢な子どもが異性というくくりを意識してしまう瞬間や、子どもが大人になる一歩手前を映したショートムービーなんですが、主役の女の子の繊細な表情や、その心の動きに合わせた光の映し方がとても素晴らしいので、興味を持ったひとはぜひ見てほしいです。かわいくて、ちょっとだけ切なくて、でもやっぱりかわいいなあって思えるそんな話なので。

 下に内容ほとんど書いちゃってるけど、読んだら面白くなくなるような話でもないんで、ネタバレ読んじゃっても問題ないです。

 

9歳のマチルドは、バカンスの終わりを友人たちと海辺で楽しんでいる。すると、彼女の父親が、彼らのある遊びを曲解してしまう。

 

 ある遊びっていうのはマチルドが男の子の友達のシモンとクラゲで実験して遊んでたっていうだけなんだけど、部屋に鍵をかけてたせいでシモンにキスとか嫌なことをされたんじゃないかとお父さんに勘違いされてしまう。心配したお父さんが「男には気をつけろ」「男に変な目で見られてないか」「もう子どもじゃないんだ」って言うものだから、マチルドは今までシモンをそういう風に見たことがなかったのに、次にシモンと会った時になんとなくギクシャクしちゃうんです。
 それが原因で夜に披露する予定のダンスの練習に集中できなくなって、同じ部屋にいたシモンに「出て行ってほしい」と言ってしまう。怒ったシモンのお姉ちゃんはマチルドをダンスのメンバーからはずしてしまいます。もやもやした気持ちを持て余したまま外へと飛び出したマチルドは、海辺をあてもなく歩き回ったり、ふてくされた顔で落ちてた鳥の羽をぶちぶちとむしったりしてるんだけど、それを見てたら大島弓子の『山羊の羊の駱駝の』に出てくるモノローグを思い出しました。

 

天使の羽をもがれたから

クリスマスソングは歌えない

だけど来年には

新しい羽もはえてこよう

来年でだめならさ来年

さ来年でだめならその次の年

五年後でだめなら十年後

やっぱりあたし

クリスマスソング歌いたい

 

 『山羊の〜』と『真西へ』のストーリーはもちろん全然違う。『山羊の〜』で"天使の羽"が指すものはおそらく無償の愛や誰かに何かをしてあげたい気持ちで、けれどここに"男女の区別がない純粋な好きの気持ち"を当てはめてみると、なんだか『真西へ』にぴったりだなあ〜と思いました。


 昔はみんな男とか女とかそんなこと意識せずに遊んでいたのに、いつのまにかそうじゃなくなってしまっている。男らしさとか女らしさとか、男女の友情はありかなしかとか、異性というものを意識せざるをえない環境に否応なしに押し込められる。たとえ無理矢理に羽をもがれることがなくても、大人へ近づく毎にそれはだんだんとはえ替わらなくなっていって、最後の一本が抜け落ちる頃にはとうに二本の足で地面を歩いている。マチルドとシモンもいつかはそうなるんだろうけれど、マチルドは自分でそのことに気づくよりも早く、お父さんが気づかせてしまった。
 「この瞬間からわたしは大人だ」って自分で線を引くよりも、他人から自分が何者であるか指摘される方がより実感として胸に刻まれるのはなんでだろうな。
 女とか男もそうだけど、大人って、大人になってしまうんじゃなくて大人にさせられるんだと思うんですよね。体は確かに成長する。けれど体だけが大きくなったって大人になることはできない。人を大人にするのは「もう大人でしょう」とか「大人なんだから」とか、そんな類の、祝福のような呪いのような言葉なんじゃないかな。大人が大人らしくあるのは、そうやって定義された枠にぴったりと収まることができるようもがいてきた結果にすぎないんだと、そんな気がします。

 

 その日の夜、マチルドは自分が参加できなかったダンスをただ眺めるしかなかった。シモンはそんなマチルドを盗み見て、マチルドを笑わせるために踊っているお姉ちゃんにいたずらをする。お姉ちゃんはめちゃくちゃに怒るけど、シモンはしてやったりって感じでマチルドに笑いかけます。それを見たマチルドも前みたいな無邪気さを取り戻してシモンに笑顔を見せる。
 マチルドの天使の羽はお父さんの勘違いで少しもがれてしまったけれど、まだぱたぱたと羽をはばたかせているシモンのおかげで、マチルドは天使のままでいることができました。きっと来年、シモンとまた顔を合わす時にはマチルドの羽は元どおりきれいになっているんじゃないかなあ。
 
 『真西へ』を見たら、わたしは本当にこういう話が好きだなあ…と心底思い知らされました。何かと何かの境界や、そこを行ったり来たりしたり、あるいは越えてしまう瞬間を見たくてしかたないんですよね。不思議だあ。

 

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