夜に書く

@chikachi1053 雑記とお返事

“それ”から逃れることはできない

 毎日映画しか見てね〜。今日は『イット・フォローズ』観ました。

f:id:chikachika11:20200517220619j:image

19歳のジェイはある男から“それ”をうつされ、その日以降、他の人には見えないはずのものが見え始める。動きはゆっくりとしているが、確実に自分を目がけて歩いてくる“それ”に捕まると確実に死が待ちうけるという。しかも“それ”は時と場所を選ばずに襲ってくるうえ、姿を様々に変化させてくるのだ。いつ襲ってくるか分からない恐怖と常に戦い続けながらジェイは果たして“それ”から逃げ切ることができるのか!?

(公式HPより引用)

 

 この監督のデビュー作の『アメリカン・スリープオーバー』っていう10代の子たちの夏の夜を描いた映画が大好きなんです。ただ後に続く2作がホラーなんで観るのを躊躇ってたんだけど、『イット〜』はあまりグロくないと聞いたので挑戦してみました。


 "それ"ってセックスで移るものなんですけど、元彼に移されてからというもの、おばあさんだったりめっちゃでかい兄ちゃんだったり、"それ"が色んな姿でジェイを追ってくる。いつどこに現れるのか全然わからないんですよね。わからないんだけど、たいていは真正面からじゃなくて後ろからゆっくりと歩いてくる。なのでジェイも全然気づいてないから「志村後ろー!」って何回叫びたくなったことか…。怪しい雰囲気の時は怪しいBGMが流れるから来たぞ!って心の準備はできるけど、ジェイの準備ができてるかは別問題なんですよね。めちゃくちゃハラハラします。恐怖が次から次へとやってきて息もつかないというより、じわじわと酸素を奪われていくような恐怖です。


 "それ"ってほとんどが白い服なんだけどなぜかたまに全裸。屋根の上に仁王立ちしてるのはもはやギャグ。あと寝てる時には襲ってこないんですよね。マナーを弁えた恐怖だな。
 グロは本当に全然なかったから安心して観れたんだけど、序盤にバーン!となかなかハードな絵が映されます。終始画面が美しいのとそこまでアップじゃないので、あ〜とは思ったけど時間が短かったしわたしは耐えられました。いつもホラー映画見慣れてるひとなら全く問題じゃないと思う。人体破壊がキツいひとは序盤だけ注意してください!わざわざ入れる必要あったのかなー?"それ"のヤバさを表現したかったってのは理解できるけど。

 

 『アメリカン〜』もそうなんだけど、どこを切り取っても映像が美しかったです。彩度低くシャープ強めな引きの多い画面が本当に好み。主人公の家周辺すごい見覚えあるなって思ったら、『アメリカン〜』と一緒のロケ地らしい。ミッチェル監督はプールや水辺が大好きなのかな。今回もいっぱい出てきました。それから時代設定としては80年代くらいを意識してるらしいけど、パラレル80年代って感じなのが素敵です。貝の形をした電子書籍リーダーが出てくるんだけどかわいすぎる。めっちゃほしい。

 

 『イット〜』はホラーだけにとどまらない青春ものでもあるかな。みんなで協力して"それ"から逃げたり立ち向かったり。"それ"のことを親はきっとわかってくれないと言って仲間たちだけで行動するのなんか、まさしく青春ものの定番だし。
 前作の『アメリカン〜』は卒業式を目前とした夏の夜のお泊まり会を通して、10代の少年少女が大人になる直前の怖さとかもやもやした気持ちと向き合っていく話で、劇中で「10代は神話」という台詞が出てくるんですね。この台詞がとても好きなんだけど、その神話を描いていくのがミッチェル監督自身の使命なのかなと思いました。10代の脆く不安定な部分が『イット〜』では劇中に漂う不穏な空気に落とし込まれていて、とても良かったです。台詞がひとつひとつ光っているのも魅力でした。
 前作でも思ったんだけど、ミッチェル監督は素朴で童貞くさい少年を描くのがめっちゃうまい…。仲間のうちのひとりのポールなんかまさしくそんな感じなので注目だ!

 

 派手な話ではないので、スカッとした気分になりたかったり劇的な展開を求めるとなんか違うなってなると思うけど、考察系のホラーとか好きなひとにはおすすめなんじゃないかな。ホラーほとんど観てないので何とも言えないけど。モラトリアムな話が好きなひとにも合うと思う。今はU-NEXTだけじゃくてプライムでも配信されてるらしいよ!

 

 そんでここからめちゃくちゃネタバレしてます!

 

 

 


 最後は恋人同士になったジェイとポールが手を繋ぎ、通りを歩いていて、それを真正面から映しているカットなんだけど、その奥から白い服を着たひとがふたりの後ろに迫ってきている。最初観たとき「絶望だ!」って思ったんだけど、色んな考察とかレビューとか監督のインタビュー読んでたらちょっと考えが変わりました。


 そもそも"それ"ってなんだろう。セックスで相手に移るから当時は性病のメタファーだと言われてたらしいのだけど、監督曰く性病ではないらしい。そしてやたらめったらセックスするなよとかそういう教訓めいた話でもないらしくて、生と死と愛の物語なんだとか。
 みんな限られた時間で生きていて、生きることと死ぬことは必ずセットで、セックスは生きていることの表現のひとつである。生きている以上、死は誰にでも訪れるしそこから逃れられはしない。けれど愛によってその恐怖を和らげることはできる。


 ジェイは自分に移せよと言ったグレッグとセックスして移したけれど、グレッグはあっけなく死んでしまう。グレッグがジェイのことを本気で好きかは微妙なところでした。"それ"を移してもらうことがジェイに対する償いと言っていて、過去にジェイと何かあったぽかったし。ジェイもグレッグのことが好きだったわけではない。けれどポールはジェイのことが本当に好きで、最初はただの幼なじみと思っていたジェイもポールのことが好きになる。そしてポールはジェイのことを守りたいからと自分に移せと言います。でもジェイはそれを拒絶する。好きだからこそ移せないから。
 セックスは愛がなくてもできるけど、ただ移したいがためにジェイとセックスした元彼のせいで誰にも見えない"それ"に一人で怯えることになったり、とりあえずグレッグに移したはいいものの相手が殺されてしまって自分に戻ってきた"それ"にまた恐怖したり。愛がないまま"それ"と立ち向かうジェイは孤独でした。でも、最終的に愛と覚悟を持ってジェイはポールに"それ"を移します。
 もしこの先うまく別の人に移すことができて感染者が10人20人と増えて自分から遠くなっていったとしても、いずれは自分に返ってくる可能性があるわけです。何年後かは、何十年後かはわからないけど、誰かが"それ"に捕まってしまい、どんどんと"それ"が歴代の感染者を辿って逆のぼっていく。逃げても逃げても、遠い記憶になってしまっても、またいつか"それ"の恐怖に追われる日が来る。もしくは恐怖さえ感じないままに突然訪れる。でも"それ"が人間誰しもに訪れる死の運命を指しているのであれば、ただ逃げるのではなくてどうやって付き合っていくかが大切で。

 後から知ったんだけど、屋根の上の全裸おじさん=最後にやってきたプールの男はジェイのお父さんの姿だそうです。ジェイはお父さんに対して何か性的な被害を受けたことがあるという考察も見かけました。"それ"は死であると同時に過去のトラウマでもあるのかもしれない。


 最後に映ったふたりは後ろを振り向くことなく、ぎゅっと手を握って前へ前へと進んでいる。"それ"の動きは鈍くて、しかしどこまでも追いかけてくるけれど、無理に逃げたり振り切ったりせず愛する人と未来に向かって歩いていけば、少なくとも孤独に戦う必要はないと言うことなのかな。
 監督の「愛が死の恐怖を和らげる」というのは、お互いが相手を思いやり心に寄り添うことで恐怖を分かちあえるから。そういう意味だったのかなあとわたしは思いました。

 

拍手ボタン